自己超越的な無私の行為、無垢の愛に基づく実践は素晴らしいことですが、時には多くの努力や犠牲を伴うこともあります。並々ならぬ勇気や覚悟、大胆さが必要になることもあります。一時的には可能でも、長く続けるのは難しいこともあります。
だからこそ、個人単位の自己犠牲的な「ともいき」に依存するのではなく、社会を包括するあらゆるシステムにともいき主義を組み込み、持続可能な形にしていくことが望ましいです。
経済においてその重要性を説いたのは、ノーベル賞を受賞したフランスの経済学者ジャン・ティロールでした。ティロールは「共通善に尽くし、世界をより良くするための経済学」について次のように述べています。
「経済学は、私的所有や自己利益の追求を後押しするものではなく、ましてや国家を利用して自分たちの価値観を押し付けようとするものでもありません。自分たちの利益を優先させようとする人々に資するものでもありません。経済学は、市場が全てを決めることにも、政府が全てを決めることにも与しません。経済学は共通善に尽くし、世界をより良くすることを目指します。この目的を達成するために、全体の利益を高めるような制度や政策を示すことが、経済学の仕事となります。経済学は社会全体の幸福を目指す中で、個人の幸福と全体の幸福の両方に配慮し、個人の幸福が全体の幸福と両立する状況、両立しない状況を分析します」
彼が言う「共通善に尽くし、世界をより良くすることを目指す経済学」とは、従来型の資本主義ではなく、「ともいき」経済を指しています。
ティロールの説に共鳴する東京大学の野原慎司・准教授も、これからの世界に求められるものとして「共通善」の重要性を説いています。
それは個々人が抱いている理想の社会を調和させ、どのような社会にしていくのかについて、皆で合意形成することで導き出されるものです。
フランスのレンヌ第一大学の経済学者・マルク・アンベール名誉教授は、その著書『共生主義宣言』(コモンズ)の中で、「資本主義の次は共生主義だ」と明確に述べています。
「共生主義」は、オーストリアの哲学者イヴァン・イリイチが示した「Conviviality(自立共生)」という概念から発展したものです。イリイチによれば、GNP(国民総生産)ではなく、コミュニティとエコロジー(環境保全)を重視した社会と経済こそが、これからの世界のあり方です。それは「他者とつながり、自然を大切にし、不正と闘い、異論も尊重しながら、市場経済に依存せずに暮らす」生き方です。
また、「共生主義の世界では、人々は互いに思いやりを持ち、自然への配慮を忘れずに暮らすようになります。しかし、それは論争を完全に否定するものではありません。共生主義は、対立を活力に変え、創造に結びつけていくのです」とも語っています。
実際にそのような生き方が個人や社会に広がり、政治、経済、教育、文化、科学のあらゆる領域に浸透していった時、この世界は多くの人々が幸福感を享受できる場所となるでしょう。
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